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ありがとう、猫

2013年4月19日。初めて写真を撮った日。
そこから最後まで計345枚、撮った。
最後に撮ったのは2017年3月4日。もうすぐ4年経つんだなーと思ってたけど、4月からは撮れなかった。

家の庭に来ていた野良猫が来なくなって半年ほど経った。
もうこの世にはいないんだろう。
野良猫の寿命は2~5年程度って聞く。何歳だったかわからないけど少なくとも初めて来たとき既に成猫っぽかったし、寿命を迎えてしまったんだな、と思った。

初めて写真を撮った日から、来るたび毎度のように写真を撮っていた。月に一度は欠かさず撮ってを続けて、3年以上経った。
3年(正確には4年近く)って長い。
そんな長く目を合わし声を掛け合いっていう、知り合いのコミュニケーションを取っていたんだよなぁ。

触れなかったし仲良しにはなれなかったけど、知り合い程度の仲にはなれた。それがうれしかった。
猫が「なんかくれ」的な要求で鳴くことは予想できることだけど、「やぁ」と本当にただの挨拶で鳴いたときはびっくりした。
移動していた猫が庭でこちらの気配に気づき、「ニャア」とだけ鳴いて去って行った。なんの要求しないで、あざとさなんかも感じなかった。
挨拶してくれた!そういう関係になれたんだ!ってめっちゃうれしかったな。
ずっと触りたいー!と思ってたけど、むしろこの知り合いの関係も心地よくて特別感もあっていいもんだ。

ここ一年くらいは、同じ庭でも窓から遠い位置にこっそり佇むようになって、距離を置いてるように感じていたんだけど(しばらくコミュニケーション取ってなかったから、人見知りみたいな状態かな?)、いなくなる少し前からは窓に近い位置に来るようになったし、最後に撮った写真も近いところにいた。
母いわく「自分の死期を感じて挨拶しに来てくれてたのかも」。…そうなのかもしれない。
猫って結構そういうところあるって聞くし、あの猫もわざわざ挨拶しに来てくれたって思えるような猫だった。

あの猫は、大きい怪我をしたりとか、何度か危機をこちらにも感じさせてた。けれどなんとか乗り越えてくれて、こちらもホッとした。
でも最後の写真あたりは、春がすぐ側っていう穏やかな気候に安心してるかのような、のんびり過ごしているように見えたのに…そういうときだけは悟らせないんだ。猫自身は死期が近づいてることをわかっていたんだろうきっと。
身体の不調を感じながらも、わざわざ顔を見せに来てくれて、挨拶してくれたかもしれないのに、自分はただ写真を撮るだけだったのか。声をかけてやらなかったのか。と思うとなんとも…
いろんな感謝があるのに、いつか死ぬことはわかってたのに、結局これなんだよなぁ…

あの猫とのこと、思い出すことがいっぱいある。楽しい思い出ばっかり。
母とも未だ猫の話をする。
写真や動画が残っていて、見るたびにまた色々思い出す。
写真をたくさん撮ったことは無駄じゃないと思うし、無駄にはしたくない。
あの猫のこと、いっぱい覚えていたい。
猫、ありがとうね。





自分用メモ。猫記事
2013/08/24
2014/02/22 1
2014/02/22 2
2014/03/15
2014/07/18

これも一応


[ 2017/09/18 16:32 ] 日記・雑記 | TB(-) | CM(-)

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